川上村の小さな工房から生まれる、モノとヒトの繋がり―家族で届ける、奈良の木の魅力ー
(左から)小林兵庫さん(息子)/小林清孝さん(父)/小林美緒さん(娘)
――多くのファンを持つ工房アップルジャックですが、工房を構えた当初のことを教えてください。
清孝さん 私は、もともと航空自衛隊に所属していましたが、27歳のとき、当時は林業が盛んで景気がよかったので実家の林業を継ごうと川上村に帰ろうと思ったんです。しかし、川上村にUターンするタイミングとバブル崩壊が重なり、そのあおりを受けた林業を継ぐことは断念しました。そんなとき、たまたま、川上村の森林組合で木工の研修施設(現在の『川上村木工センター』)が設立されることになり、専従職人の募集があったので、応募して採用されたのが、私が木工をはじめたきっかけです。はじめは、木のことは何も知らなかったけれど、センターで、木工をしていくなかで吉野杉や吉野桧のことについても学んでいきました。25年間センターで勤めた後に独立し、工房アップルジャックを立ち上げました。工房を立ち上げたとは言っても何か作りたいものがあったわけではなく、最初はお皿やコップ、バターナイフなど人に頼まれたものを作るということから始めました。ただ、飛行機が好きだったので、無駄なものはそぎ落としてできるだけ軽くするということは意識していました。それが、今のアップルジャックの作品につながっていると思います。
川上村にある『工房アップルジャック』
兵庫さん 父が突然、地元の木工センターをやめて独立すると言った時は家族全員が驚きました。ですが、決めたら曲げない父なので(笑)。僕自身は高校卒業後に、一度村を出ました。京都の製菓専門学校で学んで、大阪のチョコレート専門店のショコラティエとして就職しましたが、作るより食べる方が好きだなと思っていました(笑)。
僕が川上村に戻ることになったきっかけは、父の「(工房を)手伝わないか」という一言でした。ショコラティエ時代、出張で東京へ行っても、2日か3日で限界がきて帰りたくなりました。そんな時に思い出すのは、当時住んでいた大阪ではなく実家のある川上村。川上村の山だったり川だったりの風景が頭に浮かぶんです。そんなわけで、川上村に戻ることにしました。とはいえ、はじめは、木工職人になるぞ!という意気込みなんて無くて、父の元で3年間働いたあと、東吉野村の工房で2年間修行をしました。修行中は、おもに椅子などの家具を製作していました。修業先の社長が他の工房に連れて行ってくださったり、知り合いの木工作家に会わせてくださったりして、他の人が作る木工作品に段々興味が湧いてきて、ものづくりが面白くなってきたんです。それから木の椅子や家具をつくることも楽しくなって。その後、川上村に戻って独立し、『ランバージャック』を立ち上げました。そして、現在はFROM0の平社員です(笑)。
――美緒さんが『株式会社FROM0・フロモ』を立ち上げようと思った経緯を教えてください。
美緒さん 私は18歳から警察官として働くために実家を出ていましたが、休みの日に川上村に帰るたびに父の工房に遠方から訪ねて来られるお客様がたくさんいることをいつも不思議に思っていました。そして、もう1つ不思議だったのが、皆さんなぜか川上村に来ると元気になって帰って行かれるんです。ずっと当たり前のように川上村で生きてきましたが、初めてここにはすごい力があるなと気がつきました。
それから、父のものづくりのすごさについても、(川上村を)離れてから気がつきました。父の作品は、使って初めてわかる良さがあります。父の作品や父自身について語るお客様の話を聞いていたら、アップルジャックが多くの人に愛されているということがわかってきました。
工房の周辺には豊かな自然が広がっている
美緒さん 父の携帯電話が鳴らない日はなく、父1人で工房アップルジャックが回っていないというのは薄々感じていました。一方で、普段は大雑把な父ですけど、作品を送る時には手書きの手紙を同封することもあるほど、お客様との関係性を大事にしていることも知っていました。そこで、木工以外の部分を自分が引き受けたら、父が作品づくりに集中でき、工房も上手く回るのではないかと思いました。あと、私自身、父と弟の作品や故郷の川上村のことを、もっと多くの人に伝えたいという想いもあり、村に戻って工房を手伝いたい気持ちが強くなっていました。そこで、2022年の秋に家族会議を開き、家族でひとつの会社を作り、父と弟が作品づくりに専念できる環境を整えていきたいということを家族に提案しました。その意見に両親は賛成だったし、弟も賛成してくれました。
そして2023年3月末で長年勤めた警察を退職し、4月にFROM0を設立しました。実はFROM0を設立した4月3日は母の誕生日でその日に間に合うように会社立ち上げの準備を頑張りました(笑)。
兵庫さん 実は、当時、『ランバージャック』という自分のブランドでも活動していたのですが、姉が「1年でいいからやってみないか」と言ってくれたのでFROM0に参加することにしました。とりあえず1年はやってみようと。でもあっという間に1年が過ぎていて(笑)。姉がいろいろ考えてくれているので、引き続き会社で働かせてもらっています。
川上村の小さな工房から生まれる、モノとヒトの繋がり―家族で届ける、奈良の木の魅力ー
――改めて、FROM0はどういう思いで立ち上げられたのでしょうか?
美緒さん 父と弟は、それぞれの想いをもって作品づくりを行う職人であり、会社経営にすることで、これまで続けてきた個人事業をしまうことになるので、2人の自由を奪うことになるかもしれないという気持ちもありました。それで、アップルジャックがこれまで大切にしてきたことも踏まえ、会社として大切にすることを「人と人とが繋がるものづくり」、「感謝の想い」、「職人さんが働きやすい環境づくり]とし、FROM0の企業理念に設定しました。社名のFROM0(フロモ)は、最後のO(オー)を数字のゼロに読み替えてFROMゼロ。私たちは0(ゼロ)からのスタートであること、職人や作家は0から1を生み出せる人達であることを掛けています。私は父や弟のように0を1にすることはできませんが、2人が1にしたものを2にも3にもしていけたらと思っています。
――清孝さんの作品の特徴を教えてください。
清孝さん 完全乾燥させた杉や桧を使うことが多いですね。作品を作るうえで心がけていることは軽くて丈夫なものを作ること。また、毎日使うものなので、柔らかい感じで包み込むような形がいいし、手に持つものだから角が立たないように、綺麗に仕上げないといけないと思っています。それには樹齢の高い木の方がつくりやすいし、上質な吉野材を使うからこそ美しい器になります。
美緒さん ちなみに小林家の食器は、すべてアップルジャックの木製食器です。木製食器の良い点は、まず軽いこと。私の息子は、お食い初めの食器を父が作ってくれたので、小さい頃から木製の食器に慣れているため、陶器のお椀は重たくて嫌がります。あと、食事の時に音がしないし、落としても割れない。そして、色味も温かく、肌触りもよいので、使っているとなんだかやさしい気持ちになれます。
清孝さんの作品
清孝さんの作品
清孝さんの作品
――兵庫さんの作品の特徴を教えてください。
兵庫さん 僕は、自分が作りたいものというよりは、木をみてどんな作品にしようか考えています。どんな木にもそれぞれに表情があるので、それを見極めて作品をつくります。また、わざわざ木を伐るのではなく、捨てられたり薪になったりあまり価値がつかないような木を活かしてつくるのが、僕の作品の特徴。あと、乾燥させていない生木を使うこともあります。乾燥するうちに曲がって独特な形に変化するんです。どんな素材でも「木って面白いんだよ」と伝わる作品になればと思っています。
兵庫さんの作品
兵庫さんの作品
兵庫さんの作品
美緒さん 弟の作品は、吉野材以外にも奈良の木の桜など、さまざまな樹種を用いた作品が多いですね。FROM0としても、もっとたくさんの人に弟の個性的な作品に触れていただき、木の良さを感じてもらいたいと思っています。
川上村の小さな工房から生まれる、モノとヒトの繋がり―家族で届ける、奈良の木の魅力ー
――『FROM0』の今後の展望を教えてください。
美緒さん FROM0では、柿の葉寿司『みつは』の事業も行っています。ちょうど2年前の家族会議のときに聞いた、柿の葉寿司のお店をしたいという母の夢を実現させました。基本的には受注販売で、InstagramのDMで予約を受け付けています。ちなみに、父の作った木の箱に柿の葉寿司を入れることもありますよ。まさに父と母のコラボ商品です!そして、実は小林家は三人兄弟で、私のもうひとりの弟、料理人の長男も今年、川上村に戻ってきて、FROM0に加わってくれました。現在は、出張料理人として頑張ってくれています。今後は、父と次男・兵庫の『アップルジャック』と、母の『みつは』に加えて、長男の個性に合わせた事業を展開させたいと思っています。直近の目標としては、来年春頃に、工房の近くにギャラリーをつくる予定です。ギャラリーは、父や弟・兵庫の作品を実際に手に取って見ていただくだけでなく、母が作る柿の葉寿司やショコラティエだった兵庫のつくるお菓子やお茶も一緒にゆっくり楽しんでいただける場所にできたらいいなと思っています。
柿の葉寿司『みつは』
――最後に、皆さんが思う奈良の木の魅力ついて教えてください。
清孝さん まず、吉野杉・吉野桧は節が少なく、色も綺麗で冬目が細く繊細さがある。そして何より香りがいい。よその杉・桧は香らないときがあります。
兵庫さん 加工する側の人間として、素直な木だなと感じます。加工しやすく、扱いやすい。そして、歴史がある吉野地域の木材を使っているというありがたさというか、誇らしさがあります。先日は十津川村にある玉置神社境内の倒木した杉の木を使って作品の製作をさせてもらい、とても光栄でした。
美緒さん 私は、奈良の木に関わる職人の皆さんへのリスペクトがあります。木を植えてから途方もない時間や努力があって・・・。木を育ててくれた職人さんに感謝しています。吉野林業は室町時代末期からの歴史があって、1本の木が仕上がるまで100年かかるといわれますから、苗木を植えた人はこの木が成長して伐られるまでを見届けることができない。それって世代を超えてひとつのことを人から人へ繋げるという、凄いことですよ。川上村には、そんな歴史があるんです。
FROM0が掲げている「ふつうが特別になる」というモットーは、アップルジャックのファンの方が考えて下さった言葉。私たちには当たり前、普通のことだけど、川上村という場所にある工房に来た人にとっては、高級な吉野材を使った“もの”が買えることは、特別であるという意味が込められています。工房で出会った父や弟の作品が、それを使う方の日常生活に馴染んで、いつの間にか当たり前のものとなってくれたら嬉しいですね。ここ(川上村)には、言葉では伝えにくいけれど、ずっと変わらない景色や空気感があります。私は、FROM0を通してそんな川上村の魅力も伝えていきたいと考えています。ぜひみなさんに工房にお越しいただいて、元気になって帰ってもらえたらと思います。
まとめ
家族で支え合い、お互いの個性を活かしてものづくりを続ける小林家の皆さん。それぞれの意見を聞きまとめていく美緒さんは「すべては川上村で生まれ育ったからこそ。変わらない川上村を大切に、川上村だからできるさまざまな発信をしていきたい」と語ります。
人と人との繋がりを大切にしながら活動を続けてきた清孝さんの創業した工房アップルジャックは、家族が一致団結した株式会社FROM0という新しい形で、これからも川上村の小さな工房から多くの方に奈良の木の魅力を届けてくれることでしょう。
INFORMATION
株式会社FROM0
住所 | 奈良県吉野郡川上村東川1595 |
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URL | https://from0.co.jp/ |
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FROM0 Instagram | https://www.instagram.com/applejack.from0/ |
柿の葉寿司『みつは』Instagram | https://www.instagram.com/hahano.osushi_mitsuha/ |
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