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格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

2025.10.16(更新日)

格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

100年を超える歴史と伝統が息づく『奈良ホテル』。明治期に、国賓や皇族の方々が宿泊する迎賓館に準ずる施設として運用されていたことから、「関西の迎賓館」と呼ばれ、エドワード英国皇太子(エドワード8世)、アルベルト・アインシュタイン、チャールズ・チャップリン、ヘレン・ケラーといった、歴史上の著名人が宿泊しています。

『奈良ホテル』といえば、日本近代史の舞台となったクラシックホテルの中でも、瓦葺き木造建築であることが大きな特徴です。また、敷地内にあるウエディング専用のオリジナルチャペル「聖ラファエル教会」は、吉野杉を用いた木のぬくもりと香りに包まれる空間で挙式を行うことができます。

今回は、『奈良ホテル』が格調高い近代和風建築として、観光客はもちろん地元・奈良県民からも憧れられている理由。そして、主要構造に吉野杉を用いたオリジナルチャペルの魅力について紹介します。

和と洋が調和する意匠、奈良ホテル本館

奈良公園の南側、中世の遺構を残す名勝・旧大乗院庭園と、荒池に挟まれた小高い丘(高畑町飛鳥山)にある『奈良ホテル』。国道169号線沿いの正門には丸太を模したゲートがあり、なだらかな坂道のアプローチを進む敷地には、本館と新館、そしてオリジナルチャペルが併設されています。

本館は明治42(1909)年に、東京駅や日本銀行を手がけた近代建築の巨匠・辰野金吾氏の設計によるもの。瓦葺きの屋根には、寺院建築で見られる「鴟尾(しび)」と呼ばれるL字形の装飾瓦が飾られ、桃山御殿風の木造建築に趣を添えています。また建材には、当時から高級木材だった桧材を使用しているのが特長です。

まずはホテルの正面玄関。屋根の上部には、もともと魚や水をかたどり火伏せ(火災除け)の願いを込めた妻飾り「懸魚(げぎょ)」が配されています。時代を経て落ち着きを増した桧材と白い漆喰の壁が和風ながら、階段に敷かれている赤い絨毯や照明が西洋文化を感じさせます。

格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

木の扉を開けて中へ入ると、約9mの吹き抜けに圧倒されます。天井は杉材を格子状に組んだ格天井。かつて和風建築の寺院や神社、書院広間に用いられたこの様式は、今も変わらぬ格式高さを感じさせます。さらに、目の前に流れるような美しいラインの大階段。一本の桧材を削り出した手すりに、伝統工芸の赤膚焼による擬宝珠が添えられ、奈良らしさを感じます。館内のどこを見てもホテルという西洋の空間ながら、造りは日本の伝統的な工法、技術を駆使しているのがよくわかります。

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日本近代建築の父・辰野金吾氏には珍しい木造建築

設計した辰野金吾氏といえば、赤レンガと白い花崗岩を用いた「辰野式建築」で知られる近代建築の巨匠です。しかし奈良ホテルは、桧材と漆喰を主に使用しています。これには古都ならではの理由がありました。

辰野氏が着手する約10年前の明治28(1895)年に、奈良県内で帝国奈良博物館(現在の奈良国立博物館)が建設されました。奈良初の本格的西洋建築で、今では明治時代中期の西洋建築として代表的なものです。しかし当時、地元の人々から「古都奈良の景観に洋風建築はそぐわない」と反発の声が上がります。それは県議会にまでおよび、現代の景観条例の先駆けともいえる「建物新築に際しては、古建築との調和を保持すべし」という決議が下されました。このことから辰野氏は、奈良の地域にふさわしい桧材を使用しながら外国人も魅了するような和洋折衷様式を採用。結果、周囲の景観と調和した建物として、地元の人々からも憧憬され、歴史的価値を持つ存在となり、今もなおその姿をとどめています。

格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

建設当時の奈良ホテル 本館

2025.10.16(更新日)

格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

吉野杉の温もりに包まれる独立型チャペル

奈良ホテルは、昭和59(1984)年に新館を設立。南側斜面という土地の形状を活用するため、傾斜地の多い吉野地域独特の建築様式である「吉野建て」を採用しています。本館の1階に隣接する新館のエントランス・ロビーですが、新館では5階に位置し、斜面利用により小高い丘から麓へ向かって4階に宴会場、3~1階に客室があります。これも奈良の地に根づく吉野地域の知恵を取り入れた設計です。

そして、新館の1階と同じ斜面下には、「教会で結婚式を挙げたい」という声に応えるために、平成9(1997)年に設立したチャペル「聖ラファエル教会」がお目見え。奈良県内のホテルで初の独立型チャペルとして誕生し、吉野杉を使用した木の温もりと香りが漂う空間です。英国ウェールズ地方の教会で実際に使われていたステンドグラス、パイプオルガンも備えています。

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建築設計を担ったのは、軽井沢の聖パウロカトリック教会や札幌聖ミカエル教会でも知られる建築界の巨匠アントニン・レーモンド氏が設立した、日本のレーモンド設計事務所。丸太の皮をはぎ川砂で磨いて仕上げるという「磨き丸太」を260本使用し、レーモンド建築らしい柱や登り梁を二つ割りの丸太で挟み込む鋏状トラスを採用。細い丸太でも構造を支えることができるスマート且つ軽快なデザインは、飾らない自然体の美しさと、安堵感や温もりのある空間をつくり出しています。

格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

吉野杉の香りに包まれるチャペルの魅力について、現場で数多くの挙式を支えてきたプランナーはどう語るのでしょうか。奈良ホテル営業本部のウエディングプランナー・長谷川瑞さんに、話を伺いました。

格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

奈良ホテル営業本部 ブライダル課長兼ウエディングプランナー 長谷川瑞さん

―チャペルの魅力を教えていただけますか?

和洋折衷のチャペルで、建築されてから25年以上になりますが、一歩足を踏み入れると今も吉野杉の香りがします。挙式を済ませたおふたりやそのご家族からは「この木の香りがいいですね」「リラックスできました」という声を多くいただきます。木が与える見た目の印象もあると思いますが、何より香りについてのご感想をいただくので、それが一番の魅力なのかなと思います。

格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

チャペルでの実際の挙式の様子

また最近の結婚式は、一軒家の邸宅を貸し切るゲストハウスの結婚式場が主流で、ステンドグラスのあるチャペルが珍しいのも魅力の一つかもしれません。このステンドグラスは、19世紀のイギリスの教会から譲り受けたものと聞いていますが、エントランスと祭壇、待合室の窓にも配されています。祭壇側の一番上には四大天使の聖ラファエルが描かれていて、聖書では愛のキューピット役で知られています。

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ステンドグラスで描かれた四大天使の聖ラファエル

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チャペル内に設けられた待合室

パイプオルガンも同じくイギリスの教会から譲り受けたアカマツ張りの希少なもので、生演奏、聖歌隊生歌が加わると、木の空間独特の響きがありますね。また、譲り受けたチャペルチェアや十字架などアンティークな調度品も、イギリスの正統な歴史を感じていただけるはずです。

格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

―建築面で一番の見どころはどこですか?

何より、吉野杉の磨き丸太を使った柱や梁材がむき出しの骨組みが、ダイナミックで印象に残りますし写真映えもします。また、ステンドグラスや小さな天窓と足もとの小窓より自然光を取り入れた、やわらかな光のプリズムも美しく、決して派手さはありませんが、心に残る厳かな挙式ができる場所です。

ホテル内では奈良らしさがでるように地元建材を意識し、奈良ホテルに見合うチャペルとして吉野杉を使ったのではないかと語られています。本館同様に歴史を感じていただけるようなチャペルです。

格調高き近代建築『奈良ホテル』ーー吉野杉と光に包まれる祈りのチャペル

奈良の建築文化に息づく、奈良ホテルと吉野材

地域性のある建築文化には、気候や風土、歴史、技術、人々の暮らしが深く関わっています。特に奈良県は、寺院建築や伝統的な木造技術などにより、日本の建築文化の発展に大きく寄与してきた地域のひとつです。

東大寺をはじめとする歴史ある社寺では、建材として奈良・吉野の天然木が使われてきました。密植と間伐による独特の栽培方法で育てられ、節が少なく年輪の細かい、美しい木目が特徴です。また、耐久性、強度、防カビ性などに優れ、癒やしにつながる香りも近年注目を集めています。

そうした伝統の流れの中に刻まれる近代建物の象徴的存在『奈良ホテル』と、吉野材を使うチャペル「聖ラファエル教会」。地域の伝統を取り入れた施設設計は、過去の文化を尊重しつつ現代のニーズに応えるものです。

奈良公園を訪れた際は、まずは荒池のあたりなど少し遠くから奈良ホテルを眺めてみてください。古都奈良の景観に寄り添う美しい姿に目を奪われた後、本館やチャペルを訪れ、奈良の木が息づく空間の魅力をじっくり味わってみてはいかがでしょうか。

INFORMATION

奈良ホテル

住所 〒630-8301奈良市高畑町1096

※奈良ホテル館内の見学は宿泊せずとも可能。聖ラファエル教会は外観の見学は自由。

営業時間 全館休館予定期間/2026年1月4日(日)~2026年5月下旬 (予定)
※2026年1月4日(日)11:00チェックアウトまで営業いたします。

縮小営業期間(本館のみ営業再開)/2026年6月上旬~2026年8月末ごろ(予定)
※本館客室、メインダイニングルーム「三笠」、ティーラウンジ、バー、ホテルショップのみ営業を再開。
URL https://www.narahotel.co.jp/

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