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山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

2023.08.08

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

みなさん「木から作られるもの」と聞いてどんなものを思い浮かべますか?
家、椅子やテーブルなどの家具、割り箸や紙などを思い浮かべた方が多いのではないでしょうか。 では、そんな木から糸を作ることができることをご存じでしょうか?
木から作った糸は、軽くて、抗菌性を持つなどの特徴があり、さらにその木の糸を織ると、毛羽立ちが少なく、通気性や調湿性が高いなど、様々な優れた特徴を持った布になります。
木から作られる糸は、奈良の木でも作られています。500年以上の林業の歴史を持つ奈良県川上村の吉野杉から作られる糸は『すぎ糸』というブランドとして、布製壁紙からランチョンマットやコースターなどの日用品まで様々な製品として形になっています。
この『すぎ糸』の開発に携わったのは、一般社団法人吉野かわかみ社中。2015年に川上村と村内の林業関係団体により設立され、川上村産吉野材を育林から販売まで一貫して行い、森林整備や後継者育成に携わっている団体です。

今回は『すぎ糸』が生まれたストーリーとそこに込められた林業関係者の想いについて、吉野かわかみ社中の高橋さんに伺いました。

――どういった経緯や発想によって、『すぎ糸』は生み出されたのでしょうか。

奈良県吉野郡川上村は急峻な地形で、林道の整備が難しく、木材の搬出はほぼヘリコプターで行っています。しかし、ヘリコプターによる搬出は非常にコストがかかるため、間伐後、搬出されずに切り倒されたまま山に残された木(=林地残材)が多くあります。こういった「山に残された木をなんとかできないか。何か形にできないか」という林業関係者からの声は多く、われわれは、山に残された木の活用方法を探っていました。そんなとき2019年秋に行われた展示会で大阪の繊維メーカーの方と出会いました。いろいろお話する中で、その繊維メーカーはなんと木から布を作れると言うのです。東日本大震災の被災者支援への感謝を伝えるためにアメリカのカーネギーホールで開催されたコンサートで演奏する日本の子どもたちの衣装を岩手県陸前高田市の“奇跡の一本松”から作ったと。その話を聞いて、同じことが吉野杉でもできないかと考えました。川上村の林業の現状と林地残材の問題を話すと、われわれの想いを汲んでくださり、協力してもらうこととなったのです。そこから共同での取り組みがスタートし、1年ほど時間をかけ、ようやく『すぎ糸』が完成しました。『すぎ糸』から作られた商品は2021年末から販売を開始しています。

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

間伐後、山の中に残された吉野杉

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

未利用材を収集して『すぎ糸』が作られます

――『すぎ糸』はどのようにして作られるのでしょうか。

間伐後、搬出されずに未利用のまま山に残された吉野杉を収集し、細かく粉砕したチップが原料となります。チップを「地球釜」と呼ばれる巨大な釜で木の繊維を溶かし、セルロースを抽出します。そして、セルロースからパルプを作ります。パルプを薄く均一に伸ばした和紙を細かく裁断して、スパイラル状に巻き取り糸にしたのが『すぎ糸』です。

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

原料となる吉野杉のチップ

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

地球釜による繊維蒸解

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

完成した『すぎ糸』

『すぎ糸』は縦糸、横糸の組み合わせ、糸のより方、編み方によって壁紙や帆布など、いろいろな種類の布をつくることができます。『すぎ糸』を共同開発した会社は繊維メーカーだったので、衣服や雑貨、クロスなど様々なものを作ることもできたのですが、われわれは建築材料を中心に販売する建材屋なので、建材の新たな販路を広げたいと、まずは壁紙のクロスを主軸に製品開発を始めました。その後コースターやランチョンマットなどの雑貨へと商品展開していきました。中でも、『すぎ糸』の帆布でできている御朱印帳ケースが特に人気で、これを持って御朱印巡りをしているとインスタでの声や、吉野かわかみ社中内で発足している『御朱印部』への問い合わせも増え、男女問わず幅広い年齢層から反響があり驚いています!

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

すぎ糸エコクロス

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

すぎ糸 ご朱印帳ケース

2023.08.08

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

――『すぎ糸』の特徴や商品の魅力は何でしょうか。

『すぎ糸』の特徴や魅力は、自然素材であること、そして、商品の背景にあるストーリーです。 『すぎ糸』で作られた壁紙は、上質な素材感で調湿作用により室内を快適な湿度に保ちます。また、ホルムアルデヒドなどの有害物質を発生することがなく、自然の浄化作用が働くことが特徴です。 また、吉野かわかみ社中で従来から販売していた不燃認定の天然木壁紙(吉野プレミアムシート)は、吉野材が持つ見た目の美しさや香りを活かした商品でしたが、『すぎ糸』を使った壁紙(すぎ糸エコクロス)は吉野材の特徴というより、未利用材の活用やサステナビリティといったストーリーが魅力であると考えています。
こういった自然素材であることやストーリーに価値を感じてくださる方が多く、大手の建築会社から『すぎ糸』で作った壁紙を商業施設などでも使用したいとの引き合いや、一般住宅の新築でも住居者のアレルギーなどの観点から、自然素材である『すぎ糸』を使った壁紙への問い合わせが増えています。また、原料のチップ1tで約1,000mの多量の布ができあがるので、『すぎ糸』という素材から作られる商品も今後多岐に広げていけると思っています。
また、世間ではサスティナブルな社会の実現を目指す潮流と、その流れに沿ったものの価値が高まっています。SDGsなど、持続可能な社会に対する企業の姿勢や取り組み、それに基づいた商品の開発などは、消費者がそれに対して価値を感じる新たな軸として重要視されるようになってきています。その観点からも『すぎ糸』はこれから注目されてくるのではないかと考えています。
ただ、課題もあります。『すぎ糸』から作られた商品そのものからはその背景にあるストーリーがわかりづらいため、いかにストーリーを伝えるか、ということを意識しています。そのために、ホームページやパンフレット等でしっかりとストーリーを説明するようにしています。

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

すぎ糸エコクロスの使用例

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

すぎ糸ランチョンマット

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

今年5月から販売している新作のすぎ糸eco トート

――『すぎ糸』で生まれた吉野杉の新しい価値ですが、今後はどのように展開していくのでしょうか。

さまざまな技術(商品)開発を行っていますが建材だけでは選択肢が狭まってしまうので、あらゆる可能性を考えながら、全方位で取り組んでいくのが大事なのではないかと思っています。そのため、他の企業や今まであまり関連のなかった業種とも柔軟なタイアップができるようにアプローチしていくつもりです。もちろん、「吉野林業」と「吉野杉」・「吉野桧」という銘木のブランドはその入り口で語ることなしには始まりません。古き良き伝統、既存のものを大切にしつつ、新しいことにもチャレンジし、時代の流れも取り入れた商品開発をこれからも模索して未来へ繋げていきたいと思っています。

山に残された吉野杉を形あるものへ。『すぎ糸』で広がる未利用材の新しい可能性。

銘木と呼ばれる吉野杉・吉野桧の利用はもちろんのこと、未利用材を何とか活用できないかと模索した林業関係者の想いが『すぎ糸』を生み出し、新たな価値の創出に繋がりました。これまでの500年、ここから次の500年へ、川上村の林業関係者の新しい挑戦は、これからも続いていきます。

INFORMATION

一般社団法人 吉野かわかみ社中

住所 奈良県吉野郡川上村大字迫1335-9
吉野かわかみ社中URL https://yoshinoringyo.jp/
すぎ糸URL https://kitosumu.com/category/item/series/sugi-ito/
すぎ糸エコクロスURL https://yoshinoringyo.jp/product/sugiito/feature
SNS https://www.instagram.com/kitosumu_official/

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