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軽くて疲れない!吉野桧ノックバット誕生秘話

2023.09.11

軽くて疲れない!吉野桧ノックバット誕生秘話

バットを握り打席に立ち、懸命にボールを追う高校球児たちの光る汗。ひたむきに野球に打ち込む姿を見て、感動を覚える人も少なくないのではないでしょうか。中学校・高校の野球部の監督や野球に打ち込んでいる学生、少年野球をしている子どものお父さんなど野球を愛する様々な人が自分好みのバットを求めて訪れる場所が奈良県橿原市にあります。一つ一つ手作りでオーダーメイドのバットを製作する木製バット工房『匠』。この工房で作られているバットの中に、吉野桧で作られたノックバットがあります。吉野桧とバットという意外な組み合わせに驚く方もいるかもしれません。なぜノックバットの材料に吉野桧を使おうと思ったのか、吉野桧を使ったノックバット誕生の秘密について木製バット工房『匠』の吉森建樹さんにお伺いしました。

木製バットを作るようになったきっかけ

元々、親戚が経営する集成材*を製造する会社で働いていた吉森さん。当時、徐々に住宅用建築材の需要が減ってきており、建材とは違う商品を作れないかと考えていたそうです。ちょうどその頃、オリンピックの野球のルール改定があり、1996年のアトランタオリンピック以降は、野球の試合ではこれまでの金属バットに代わり、木製バットを使用することになったため、「今後、木製バットの需要が増えるのではないか」と思った吉森さんは、木製バットの試作に取り掛かりました。自身も中学校まで野球部で、弟さんも大学まで野球に打ち込んでおり、野球には馴染みがあった吉森さん。社会人野球の監督をしていた友人に試作したバットを見せたところ、「これは使える」と太鼓判を押され、吉森さんが作ったバットが実用でも使えることがわかりました。その一方でその友人からは「プロ野球や社会人野球は大手メーカーのスポンサーが野球道具を提供しているので、売れないだろう」とも言われました。しかし、そこで吉森さんは諦めませんでした。野球をしている人の中で、スポンサーから提供を受けるようなチームはほんの一握り。一生懸命に野球に取り組んでいる学生や子どもたち、アマチュアの野球チームにきっと需要はあるはずだと、バット作りを始めることを決意しました。そんな矢先、勤めていた集成材の会社が倒産してしまいます。途方に暮れた吉森さんでしたが、木製バットの試作品が完成していたこともあり、懇意にしていた木工機械を取り扱う会社の社長の好意で工場のスペースと機械を貸してもらい、たった一人で本格的に木製バット作りを開始します。吉森さん40歳のときのことです。

*集成材・・・複数の板を接着剤でつないだり貼り合わせたりして作られる木材。「エンジニアリングウッド」と呼ばれることも。

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木製バット工房「匠」吉森さん

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吉野桧のノックバットが生み出されたワケ

木製バットを作り始めてから1年ほど経ったとき、工房の余った木材を見かけた、とある高校の野球部の監督から「グラウンド整備のトンボを作ってくれないか」と依頼を受けました。それをきっかけにその監督とのやりとりが増え、ある日ノックバットを作れないかと相談されたのです。「ノックバットによく使われているメイプル材だと重くて、練習中に長時間ノックしながら指導するには体に負担が大きい。軽くて丈夫な木でノックバットを作れないか」とのことでした。そこで思いついたのが地元奈良の吉野桧を使うことでした。吉森さんは、以前勤めていた集成材の会社で木材の買い付けを担当していたので、より良い材料を仕入れるために木の特性や特徴について勉強しており、桧が軽いことを知っていました。また、吉野杉や吉野桧をはじめとする優良材を多く扱う奈良県銘木協同組合にも出入りしていたため、桧の中でも特に吉野桧は「目が詰まっているので強度がある」「粘りがあり、曲げに強い」など、仕入れで培った経験から吉野桧がノックバットに適しているのではないかと考えたのです。ただ、高級材の吉野桧を丸太の状態で仕入れるとコストがかかってしまうため、建築に使用される材を製材した後に残る端の部分をノックバットの製作に使用することとしました。バットの中心部分の芯材に吉野桧を使用し、その周りの直接ボールが当たる部分に強度のあるメイプル材を用いることで軽くて丈夫なノックバットを作ることに成功しました。しなりが良く、通常の木製ノックバットよりも50〜100gも軽い。ノックバットの打ちやすさが口コミで広がり、多くの方がこのノックバットを求めて工房を訪れるようになりました。

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木製バット作りで余った木材を利用したトンボ

2023.09.11

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――ノックバットの製作工程

ノックバット作りの工程は、まず木材選びから始まります。木目の流れや木の欠陥などを丁寧に確認します。特に、アテ(木材繊維のしこり)があるものは重くなるため、木を触り、アテのある材木を除いて選別していきます。この作業はバット作りの工程で最も重要な作業で、他のバット工場では選木専門の人がいるほどだと、吉森さんは言います。吉森さんは長年の感覚で使用する木を一本一本選んでいきます。 通常のバットは一本の木から作るのですが、吉森さんの考案したノックバットは吉野桧とメープルを組み合わせた構造になっているため、 中心に吉野桧、強度を保つためにその周りの四面にメイプル材を貼り合わせた集成材を使用します。その後、バット製作専用の機械で四角い集成材を丸く、粗削りしてバットの形状にし、鉋(かんな)や鑿(のみ)、数種類のやすり、サンドペーパーを使いながら手作業でバット全体の重心位置や重さを確かめながら削り、表面部分を丁寧に仕上げていきます。最後に刷毛(はけ)で着色・下塗りし、乾燥させてから中塗り、仕上げ塗りを行い、最終仕上げをしていきます。吉森さんのすごいところは、グリップの太さや、重心の位置をどこに作るかなど、適確にバット全体のバランスをとるだけでなく、どこを削って、どこを残すかなど使用者の希望に適った(かなった)細かい調整もできることです。そのため、北は北海道、南は沖縄まで全国から注文が入るそうです。注文を受けた後は、メールや電話で事細かな打ち合わせはもちろんのこと、工房に来訪してもらい、実際のバットに触れてもらい、その場で受注者の声を聴いて微調整しながら作ることもあります。そうすることで、より使う人の好みに合ったバットに仕上がっていくのです。

また、吉森さんのバットを作る技術が別の場所で生かされたことも。2014年制作の日本映画『バンクーバーの朝日』では吉森さんが作ったバットが映画撮影に使用されました。映画製作会社から「1910~1940年頃の木製バットを作れますか」とバット製作の依頼があったのですが、当時のバットの写真を見ながら製作したそうです。依頼されたバットは野球をするシーンの撮影でも使用することになっていたため、ただ見た目を再現するだけでなく、実際に打てるバットでなければならず、非常に難しい条件でした。見た目も強度も細部にわたり当時の木製バットを再現出来たのは吉森さんの卓越した技術があってこそです。

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吉野桧にメープル素材を貼り付けたもの

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大まかなバットの形に削ります

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かんなややすりなどでバット全体のバランスを整えます

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ダブル塗装で仕上げていきます

吉森さんが考える、吉野桧のこれからの可能性

最後に、吉森さんに吉野桧の今後の可能性について伺いました。
「吉野の木は、苗木を植えてから50年以上も山守によって大切に育てられています。他の産地の桧よりも目が詰まって美しく、真っ直ぐであること、また、吉野川で材木を運べるなど、いろいろな条件が重なって吉野桧は銘木となりました。私がノックバットで使用している吉野桧は、丸太の中のほんの一部分で、木の真ん中が使われる建材の柱が売れてはじめて発生するものです。なので、建材の柱が売れることを願っています。ただ、建築業界全体で在来工法*の需要が減って、畳のある和室の部屋が必要とされない生活様式となり、柱が見える家づくりが減り、壁だけの家も多くなって、立派な柱を使うことが少なくなる時代となりました。吉野桧は強度も粘りもあるとても良い木材です。私が使っているのは少量ですが、少しでも多くの人に吉野桧を使ってもらえることを願っています。
その一方で、木をインテリアのアクセントやオブジェとして使用したりする新しいデザインの住宅もどんどん増えてきています。住宅に限らず、昔は木で作られていたもの、使われていたもののデザインを今の時代に沿った形にアレンジすることで、木材のニーズや活用方法も増えていくかもしれないと考えることがあります。私も木工職人として、木の新しい活用方法を考えていければと思っています。」

*在来工法・・・木造軸組工法とも呼ばれ、日本で古くから用いられてきた伝統工法

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確かな木材の目利きと職人技によって作られる吉野桧のノックバット。古くから受け継がれてきた独自の育成方法によって育まれてきた吉野桧の優れた特性と、吉森さんが人生で出会った人たちと、吉野桧がノックバットに適していると見出した吉森さんのバットを作る職人としてのスキルや感性との化学反応から生まれました。初めて出来上がったノックバットを手にしたときのしなりと軽さは吉森さんが想像していた以上だったと言います。試行錯誤し、生み出された吉野桧のノックバットはこれからも多くの野球関係者から愛用され、野球の楽しさとともに、奈良の木の良さが実感されていくことでしょう。

INFORMATION

木製バット 工房 匠

住所 奈良県橿原市新堂町176
TEL 0744-21-8678
FAX 0744-21-8677
URL http://www.mr-takumi.jp/

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