2023.09.21(更新日)
木のまち 吉野を語り継ぐ新たな場所、コミュニティ施設『笑屋』に込められた想いとは
2020年3月7日(土)に、上市の新たなコミュニティ施設『笑屋』が完成。奈良県農林部奈良の木ブランド課と早稲田大学により、使われなくなった醤油店の蔵(“蔵風”の建物)を奈良の木で改修することとなり、地元住民と話し合いを重ね、使う側のことを考えた施設へ。関わりの深い、早稲田大学の古谷教授、同大学院生の木村さん、そして、上市笑転会の中谷さんにお話を伺いました。
インタビュー:早稲田大学 創造理工学部建築学科 教授 古谷誠章、同大学院 創造理工学研究科 1年生 木村一暁、上市笑転会 中谷義輝
――奈良県と早稲田大学による奈良の木を使った蔵改修プロジェクトの経緯について教えてください。
中谷:上市笑転会は今から2年前に立ち上げた地域のコミュニティで、その中でも、地域活性化や環境美化などの活動の一環として、空き家を使い地域のみなさんに喜んでいただける場所をつくろうという話が持ち上がっていました。そして、2019年5月に奈良県奈良の木ブランド課の方から「空き家を使った改修プロジェクト」がある、という話をお聞きしたことをきっかけに、早稲田大学の方に改修をお願いする流れとなりました。
古谷:早稲田大学では奈良県と包括連携協定を締結していることから、2010年度から「吉野材を活かした木質空間デザインの提案」に取り組んでおり、これまでも東京・代官山蔦屋書店で行われた<奈良の木フェア>など、首都圏を中心とした住宅や建築関係イベントの家具や出展ブースを、奈良の木を使ってデザイン設計してきました。今回は、奈良の木ブランド課の方から、上市の空き家改修のお話をいただき、奈良県内での初の試みとなりました。
――この「島田蔵」を改装する場所として選んだ理由はなんだったのでしょうか?
木村:実は空き家の候補は他にもいくつかあり、全て拝見させていただきましたが、国道169号線沿いの吉野川を目の前にして、吉野の山を望む場所にある立地の面や吹き抜けのある開放的な蔵であること、また地域住民の方々に蔵をご紹介いただいた際に、地域の方々にとって特別な場所であることを感じました。そういった立地の良さと地元の方が通い易い場所であるということから、この場所を選びました。
古谷:ここはもともと、吉野醤油を製造されていた島田商店が酒販売業を営みながら、手づくり醤油の良さを伝えていた場所で、約5年前から空き家になっていたそうです。案内をしていただいた時も、「ここに座って向こうに夕日が沈むのを眺めるのがいい」と楽しそうに話をされていて、すでに、上市のみなさんはここへ集まってくるのがお好きだったのだと思います。この場所を、みなさんが気に入っている感じがすごく伝わってきたこともあってこの蔵に決定しました。
――改修の方向性などはどのように決められたのでしょうか?
中谷:奈良の木ブランド課主催で、早稲田大学の学生のみなさんと上市笑転会のみなさんとのワークショップを3回。2019年7月に意見交換会をして、8月に最初のデザイン提案があり、11月に最終のデザインプレゼンテーションをいただく流れで進めていただきました。上市笑転会は年齢層が高いので、まず地元のみなさんが興味を持ってくれるかどうかの不安。そして、学生のみなさんが私たちを受け入れてくださるかどうか、心配ではありましたけれども、おかげさまで無事に施工も終わり、すでに地域住民の方からの問い合わせも多くきていて、ハッピーな形で今日を迎えられています(笑)。
古谷:上市笑転会のみなさんはじめ、地元の方たちととても仲良くさせていただけました。早稲田大学側は、興味をもつ学生9名が集まって、木村君がリーダーとなり進めていきました。
ワークショップをすることで、どんなことに使用するのかがはっきりしてきて、一般的な集会だけでなく、上市笑転会のイベントや打ち上げだったり、パブリックビューイングしたり。また、ライブをするのもいいかもしれない!と、アイデアがたくさん出てきましたので、一つの目的のためだけに空間を作り込むのは、難しいと考えました。なおかつ、奈良県産材である吉野スギや吉野ヒノキを広くアピールしたいという僕らの願いもありますから、まず入った瞬間に「良い木の空間だな」という印象を持っていただきたい、そういう思いがありました。
木村:入ってすぐの左側には吉野ヒノキを、正面には吉野スギを使うことにして木材の違いをわかりやすく配置。美しい木材ですから短く切って使うのではなく、できるだけ長い面を見せられるように工夫しました。僕が初めて吉野町にお邪魔した2019年の春に、吉野の山や製材所などにも連れて行っていただいて、その時に板と板を直接重ねずに、風が通るように小さな角材を置いて、何段にも重ねる木材の乾燥方法を拝見したんです。それがヒントになり、板と板の間に小さな角材を入れるデザインを考えました。
細かく話しますと、左側は、人が座ってベンチにもなるようにしています。ここで、ひとつ工夫があって、最初は2本の木材でベンチにするつもりでしたが、それでは座面の間に空間ができてしまい安定感がないので、2本の吉野ヒノキの間にあえて1本だけ吉野スギを入れて座りやすく機能性の高いベンチにしました。木材を比較できるのも面白いと思います。そして、正面は吉野の山々をイメージした吉野スギの配置にしました。実は、そこは棚としての機能もあるので、酒瓶を置いていただいて吉野のおいしい日本酒をアピールしていただけるかと思います。
2023.09.21(更新日)
木のまち 吉野を語り継ぐ新たな場所、コミュニティ施設『笑屋』に込められた想いとは
――今回は、セルフビルドプロジェクトだとお聞きしましたが、早稲田大学のみなさんが実際に改修をされたということでしょうか?
古谷:そうです。上市笑転会からは、南工務店の南さんにご協力いただきました。ほとんどの作業が学生たちにとっては、初めてのことだったと思います。実際に木材に墨付けをして切り出しをするなんて、なかなか経験できないことですよね。随分と助けていただきながら、5日間でよく完成させたと思います。
木村:初めてすることばかりで、最初はとまどいました。ですが、9名の役割分担を決めて、とにかく進めることが大事でしたから、積極的になんでもしました。入ってすぐの左側と正面部分の壁には、角材のような細長い板を、隙間をあけて平行に組むルーバーで仕上げましたが、これはすべて吉野ヒノキ。キレイな面を見せられるようにちゃんと考えながら組んでいきました。そこから始まって、それぞれの学生が出来上がりを想像しながら完成に近づけていきました。
中谷:本当にみなさん一生懸命にしていただいて。僕らは、差し入れをすることぐらいしかできませんでしたけれども、上市笑転会の意見をすごく取り入れてくださったと思います。早稲田大学の9名のみなさん、作業を進めるにつれてどんどん仲良くなっていかれたようにも思いますよ。
木村:そうですね。3月3日からの5日間、一つの目的に向かって全員で力を合わせましたし、ゲストハウス「三奇楼」に全員で泊まらせていただいたことも大きかったと思います。すべて夜ごはんは自炊で、メンバーには中国人やヨルダン人もいたので、どんどん豪華な料理になって、夜ごはんが楽しみになっていきました(笑)。お互いにどんどん打ち解けていったことは確かです。
――完成していかがでしょうか?
古谷:今回は一部改修で、5日間かけて上市笑転会のみなさんとともに上手くいったと思います。結局、全部新しいものばかりにならないほうがいいんです。昔からのものが残っていて、「昔からあったなぁ」と語れる変わらないものがあって、そこに新しいものが加わって、古いものと新しいものが一体になってまた魅力が生まれる方がいい。全部新しいものだけでもできますが、そうすると過去の記憶と繋がらないので。だから極力さわらない方がいいところはさわらない。今まで無かった吉野材が入った蔵は、上市という地域を考えてもとても良いことですしね。
木村:地元の山々という風景をモチーフにしたデザインにすることで、みなさんに愛着を持って使っていただけるといいなと思っています。笑転会のみなさんからいただいたリクエストのとおり、広い空間にしてフレキシブルな用途に対応できるように意識したので、どんどん使っていただけると嬉しいです。
中谷:以前からこういう空間をつくりたかったので、そこに吉野材を使えたということは、本当に嬉しいし良かったなと思っています。ですから、吉野材の良さを情報発信していける場所になればいいなと思いますし、例えば、吉野の木を使った灯りなど吉野にはいろんな素晴らしいものがありますので、何かここで吉野の良さを発信できればいいなと思っています。
――古谷先生も木村さんも、改めて吉野ヒノキ、吉野スギの良さを再確認されたのではないでしょうか?
古谷:吉野材は大好きで、実際に施工したのは壁の二面だけでしたが、やはり作ってよかったなと思います。空間に入った途端に木の香りがするし、直接全五感に働きかけてくるような空間ができました。何年か経ってもそうだろうし、よいものができたなと思います。吉野材がすごいのは、香りや木目が緊密で真っすぐなことや節の少ない柾目の美しさに、さまざまな文化が加わっていること。歴史がありますからね。
木村:吉野材の魅力は、夏は涼しく冬は暖かいということもありますけれども、僕が感じたのは、吉野材に関わる人のつながり。とても魅力的だなぁと思って。いろんな吉野の山や製材所を見学させていただいたこともありますが、その方たちと実際に会って話を聞くとわかる吉野材に対する熱意とか、それをサポートしている方々の一体感とか。そういったものが魅力的でした。僕はまだ1年くらいしか関わっていないですが、このような貴重な経験をさせていただくことができました。
――新しいコミュニティスペースは、その名も『笑屋』。このネーミングは?
中谷:漢字からもわかるように笑いが絶えない場所であること、全体をとりしきるという中心的な庄屋ということにひっかけて。また何かを「しようや」ということなど、10の意味を込めています。本当に良い場所ができましたから、今までなかったような使い方がしたいんです。「えっ、こんなことが」というような。なおかつ僕たちが楽しめたり、地域のみなさんに喜んでいただいたり、笑っていただいたり。あとは若い方たちが考えるチャレンジショップ的なことに貸し出しをして、使っていただくのもいいと思っています。でも、まずは、持ち寄り居酒屋からでしょうか(笑)。まずは地元の人へお披露目したいと思いますので。
古谷:ここで何か新しいこと、今までやったことのなかったようなことをしたいと思ってくださるのは素晴らしいことだと思います。自分たちで楽しいことを見つけよう、つくっていこうという動きになっているのがいいですよね。地元の人たちが楽しそうにしていると、楽しそうなことやっているなと、みなさんが気になる。通りがかりでも覗いてみたいという感じになって、その時に結果として吉野材を見て感じて、これいいなという話ができるような場所になればいいですよね。地元のみなさんが喜んで楽しく使おうと思ってくださることが一番嬉しいです。
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