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吉野杉が香る日本酒。長年愛されてきた『長龍酒造』の樽酒と吉野の林業のつながり

清酒発祥の地といわれる奈良県には数多くの酒蔵があり、それぞれの酒蔵が魅力的なお酒を生み出しています。そんな奈良県の酒蔵の中で、1963年の創業以来、吉野杉を使った樽酒にこだわり続ける酒蔵が、奈良県広陵町にある『長龍(ちょうりょう)酒造株式会社』(以下「長龍酒造」)です。長龍酒造の看板商品『吉野杉の樽酒』は、その清々しい香りの良さで長年愛されるロングセラー商品となっています。今回は、吉野杉と日本酒の歴史的な関係や、「長龍酒造」が吉野杉の樽にこだわる理由について、酒蔵見学のレポートを交えてご紹介します。

江戸時代、酒樽作りで発展した吉野の林業

今から遡ること400年以上前の江戸時代のこと。お酒といえばどぶろくのような濁り酒が一般的で、酒造りの技術が進んでいた伊丹や灘、伏見などの上方の清酒がもてはやされていました。上方で造られたお酒は杉樽に詰められ、樽廻船(たるかいせん)に乗せられて江戸の町に運ばれました。そうしたお酒は「下り酒」と呼ばれ、江戸の人々に尊ばれていました。杉樽に詰めたお酒は船に揺られているうちに杉の良い香りがお酒に移り、ほどよく熟成して、とてもおいしくなったと考えられています。

江戸中期頃から酒樽の需要の高まりに合わせて、吉野地域では酒樽用の杉材の生産が盛んになりました。木目が細かく節が少ない吉野地域の杉でできた酒樽は液体が漏れにくく質が良いことから飛ぶように売れたそうです。吉野地域の林業が発展する大きな要因となったのが、酒樽づくりだったのです。

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しかし明治時代に入り瓶詰めの日本酒が登場すると、徐々に杉樽に代わって普及していきました。そうして、いつしか樽酒は日常的に飲む身近なものから、鏡開きなどのお祝いの席でふるまわれるような特別なものへと変わっていきます。

そんな樽酒の味わいをこよなく愛し、もっと多くの人に普段から楽しんでもらいたいと考えたのが、「長龍酒造」の創業者である飯田弟一(ていいち)氏です。創業の翌年となる1964年から、樽酒ならではの杉の香りの良さと美味しさはそのままに、広く一般に流通できるよう瓶詰めにした『吉野杉の樽酒』を全国で初めて売り出します。今ではさまざまな酒造メーカーが瓶詰めの樽酒を販売していますが、長龍酒造がその先駆けとなりました。

飯田氏は、実家は造り酒屋であり、自分もいつか造り酒屋になりたいという想いを持っていましたが、長男ではなかったため、すぐに実家を継ぐことが出来ませんでした。そこで生家の酒「長龍」120本を元手に独立したところ、酒が順調に売れたため事業の多角化を進めました。そのなかで吉野地域の林業関係者と関わりをもち、樽作りをするなら吉野杉、という話を聞いたと言われています。そうした創業者のこだわりが『吉野杉の樽酒』を生み出し、現在に至るまで多くの日本酒ファンに愛される商品となっています。


樽酒の魅力はなんといっても香りの良さ。吉野杉の香り成分がリラックス効果をもたらし、森林浴をするのと同じ効果を体感できるのだとか。コクとうま味のある味わいは料理との相性がよく、口中の肉や魚の脂を洗い流してさっぱりとさせてくれます。さらに、ぬる燗にすると、香りとともにほんのり甘い味わいが引き立ち、やさしい口当たりでするすると喉をすべっていくようです。

長龍酒造の妥協を許さない樽酒造りを見学

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長龍酒造の酒蔵『広陵蔵』を案内してくださったのは、長龍酒造株式会社総括部長の吉田誠さんと製造部の藤田輝さん。酒蔵といっても大型機械を備えており、大きな工場のような印象です。

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左:製造部 藤田輝さん / 右:総括部長 吉田誠さん

まず案内されたのが、酒造りの最初の工程である洗米、浸漬(しんせき)※と蒸米を行う原料処理室です。お米の吸水は微量な差でも蒸すと固さに差が表れ、蒸米の状態によってお酒の質が決定するといわれるほど、洗米・浸漬は酒造りの決め手となる作業だと藤田さんは言います。その後、機械で蒸した米は、もろみの掛米、酒母の掛米、麹米の3つの用途に分かれ、麹米は麹室に運ばれて米麹造りに使われます。

続いて案内されたのは麹室。「作業中の麹室の温度は40℃ほど。48時間という短時間の戦いで、夜間も泊まり込みになります」と藤田さん。良いお酒造りには、麹造りは特に重要な工程なのだとか。

※ 浸漬・・・洗米後の米を水に浸けて吸水させる工程

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蒸米機

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麹室

次は酒母室へ。まず、小さめのタンクに米麹と蒸米、水、酵母、乳酸を加え、発酵させて酒母にします。酒母とは別名を酛(もと)といい、その名の通りお酒の“もと”となるもの。できあがった酒母は醗酵室の大タンクに移し、米麹と蒸米、水を3回に分けて加えていき(三段仕込み)、もろみを造ります。醗酵室には巨大なタンクがいくつも並び、多い時には全部のタンクがお酒でいっぱいになることもあるそうですよ。

※ もろみ・・・原料である酒母、米麹、蒸米が発酵したもの

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醗酵室

発酵が進んだもろみは大きなアコーディオンのような圧搾機で搾られ、清酒と酒粕に分けられ、お酒ができあがります。今回見学させていただいた9月下旬は今年の酒造りが始まる直前。実際のお酒造りの作業を見ることはかないませんでしたが、機械の稼働準備などが進められており、いよいよこれから今年の酒造りが始まるのだという空気感が伝わってきました。

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圧搾機

樽酒を寝かせる貯蔵庫の室内は夏の間は10℃前後に保たれ、冷蔵庫の中にいるよう。お酒を詰めた吉野杉の四斗樽(72ℓ)が20個近く並んでいます。「定番の樽酒は20日から約1カ月、樽に添えます。最初は香り、次にうま味が乗りますが、そのまま置きすぎると渋みが出るので、実際にきき酒をして良い頃合いを見極め、瓶詰めしていきます。杉樽には甲付(こうつき)という杉材の赤身と白太の境目部分を主に使用しているので、自然なやさしい香りに仕上がるのがうちの特徴です」と吉田さん。

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酒樽の中には一部、赤身の樽もありますが、これはさまざまな部材を使うことで森林資源の有効活用を考えてのことだとか。赤身の樽に入ったお酒は甲付材の樽よりも早く、強く樽の香りがつくという特徴があるため、甲付材の樽に入っているお酒とブレンドすることで、良いバランスの味を作るようにしているそうです。

杉樽を使用するのは多くても3回まで。樽の香りは徐々にお酒に吸収されていくため、3回を超えると、杉の良い香りがお酒につかないためです。使用後の樽の一部は割り箸やマドラーなどに再利用され、酒蔵に併設の『長龍ブリューパーク』や長龍酒造のネットショップで購入することができます。

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吉野杉の酒樽を再利用した長龍酒造オリジナルグッズ

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森の香りに包まれるような味わい。さまざまな樽酒を試飲してみた感想は?

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定番の『吉野杉の樽酒』

酒蔵見学の後に樽酒の試飲をさせていただきました。まずは定番の『吉野杉の樽酒』から。ひと口含むと、ほんのり甘い味わいとともに吉野杉特有の香りがふわっと広がります。「焼き鳥などと相性が良くて、口の中の脂をすっきり流してくれます」と藤田さん。次は『吉野杉の樽酒 生囲い』。春から夏にかけての期間限定品で、さっぱりとした口当たりのやや軽めの飲みやすい感じです。

吉野杉が香る日本酒。長年愛されてきた『長龍酒造』の樽酒と吉野の林業のつながり

左から:雄町 純米吟醸 原酒 ひやおろし / 吉野杉の樽酒 生囲い / 吉野杉の樽酒 長期熟成 本醸造 1992/ 吉野杉の樽酒 雄町山廃純米酒 / 吉野杉の樽酒

特に印象に残ったのが『吉野杉の樽酒 雄町山廃 純米酒』。フランスでの日本酒コンクール、Kura Master2024 プラチナ賞に輝いたお酒です。こちらは杉樽の香りは控えめで、「雄町米」のふくよかな味わいを感じます。「このお酒は特に新樽のみを使用して、3年熟成させた原酒を添えています。海外でとても人気があり、木樽を使うのはワインやウィスキーと同じですし、ウッディーな香りと表現されますね」と吉田さんが解説。もう一本のとっておきが『吉野杉の樽酒長期熟成 本醸造 1992 』で、なんと32年前の熟成酒を樽酒にしたもの。琥珀色に色付いてナッツのような複雑味のある香りに惹かれます。藤田さんのおすすめはバニラアイスに掛ける食べ方なのだとか。

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左:吉野杉の樽酒 / 右:吉野杉の樽酒長期熟成 本醸造 1992

最後に、樽酒ではないのですが『雄町 純米吟醸 原酒ひやおろし』も試飲させていただきました。ひやおろしとは一夏越して熟成し、まろやかさを増した秋限定のお酒。お米のうま味とほどよい酸味があり、秋の食卓にぴったりのおいしさです。

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長龍ブリューパークでおすすめの日本酒が味わえる

広陵蔵の隣に併設されているのが『長龍ブリューパーク』(以下、「ブリューパーク」)。ここでは蔵出しの日本酒や自社醸造のクラフトビールを特製のフードとともに楽しめます(土・日曜、祝日のみ営業)。芝生の広場は、ブリューパーク営業日以外も開放されていて、地域の人々の憩いの場となっています。また、近隣の馬見丘陵公園から歩いてブリューパークを訪れ、樽酒や季節限定のおすすめの日本酒を味わって帰る方もたくさんいらっしゃるそうですよ。ぜひ、休日に気軽に訪れてみてはいかがでしょうか。

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吉野杉と日本酒。その歴史的な関係や、長年吉野杉の樽酒にこだわり続ける長龍酒造さんのお話はいかがでしたか。創業者の飯田氏は「吉野川の流れのように静かさとのどかさ」を感じるような樽酒を目指したといいます。吉野杉特有の清澄な香りがどこか懐かしさを感じさせ、発売以来60年近く『吉野杉の樽酒』は人々の心を掴んできたのかもしれません。

創業者の思いを受け継ぎ造られる樽酒は、これからも吉野杉とともに人々の暮らしに寄り添っていくでしょう。

INFORMATION

「長龍酒造・長龍ブリューパーク」

URL https://www.choryo.jp/

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